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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)7178号 判決

原告 佐藤健一

被告 東北亜鉛鉱業株式会社

引受参加人 林亮二郎 外一名

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し、原告が別紙目録〈省略〉記載の株式につき株主であることを確認する。

(二)  被告は前項の株式につき原告に対し名義書換をなし、且つ、株主名簿にその旨記載せよ。

(三)  引受参加人東北肥料株式会社は第一項の株券を原告に引き渡せ。

(四)  引受参加人林亮二郎は第一項の株式につき原告に対し名義書換をせよ。

(五)  もし、以上の請求の理由がない場合は、被告は被告会社株券(一株の金額五十円)千八百株分を原告に引き渡し、且つ、右株式につき原告に対し名義書換をせよ。

(六)  訴訟費用は被告及び引受参加人等の負担とする。

との判決並に株券引渡を求める部分につき仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因。

(一)  原告は、被告会社に多年勤続し、昭和二十八年六月その秋田工場庶務係長を最後に退職した者であるが、その在職中昭和二十四年六月訴外帝国鉱業開発株式会社所有の被告会社株式四万株が持株会社整理委員会により処分されることとなつた際、当時の被告会社社長仲田旭の勧誘によつて被告会社の役員従業員が右四万株の譲受を申し込むこととなり原告も従業員の一人として六百株の譲受を申し込み、これに対し翌二十五年五月十一日同委員会の許可通知があつたので、同年七月十日、原告は、その代金三万円を被告会社に立て替えて支払つてもらい別紙目録内訳(一)記載の六百株を取得した。

(二)  而して、原告の被告会社に対する右立替金返還債務については、右同日原被告間において、弁済期は前記株式取得の日の五年後とするが、協議の上延長することができること、利息は右株式に対する利益配当金と同額とし配当金支払の時に相殺すること、担保として右買受株式六百株の株券に名義書換に要する白紙委任状を添附して被告会社に提供すること等を協定し、原告は約旨に基づき即日右株券及び白紙委任状を被告会社に交付した。

(三)  昭和二十七年三月五日被告会社取締役会は、同年四月五日午後四時現在の被告会社株主に対しその有する株式一株につき新株二株の割合で割り当てて新株を発行することを決議し、原告に対しては新株千二百株の割当があつた。そこで、原告は、右新株を引受け、その株金六万円は、被告会社から借り受けて払込を了し、右借受金債務につき前(二)同様利息は被告会社の配当金と同額とし配当金支払の時に相殺すること、担保として右新株の株券に譲渡証書を添附して被告会社に提供すること等を協定し、その約旨に基づきその後株券発行の時別紙目録内訳(二)記載の株券を被告会社に交付した。

(四)  原告は、前記のように昭和二十八年六月被告会社を退職することとなつたから、退職の時自己の債務合計九万円を提供して被告の保管する前記各株券の返還を求めたところ、被告会社はこれに応ぜず原告が右株式につき被告会社の株主であることを争うにいたつた。よつて、原告は、昭和二十八年八月二十五日東京法務局に九万円を弁済のため供託した。

(五)  もつとも、被告会社は、昭和二十八年六月十九日、原告の債務の担保として保管中の本件株式千八百株を引受参加人林亮二郎(以下林亮二郎又は林という)に譲渡し同月二十日その旨の名義書換を了し、更に同年九月二十四日同参加人は引受参加人東北肥料株式会社(以下東北肥料という)に対する自己の借入金債務の担保として本件株券に譲渡証書を添附し東北肥料に交付し、現に同参加人において本件株券を占有中である。

(六)  しかしながら、原告は、被告が三の(三)において述べるような本件株券の処理を被告会社に許したことはなく、また、自己の債務はすでに弁済しているから、被告会社において、右債務の担保たる本件株券を他に処分しうべき何らの権原なく、元来、原告が二の(二)(三)に述べたような被告会社の株券を同被告に交付したことは被告をして自己株式につき質権を取得せしめたものであるから、商法第二百十条の規定に違反し、その取得は無効であり、被告は本件株券を株主権者たる原告に返還すべき義務がある。

(七)  而して、被告会社から引受参加人林亮二郎に対する本件株式の譲渡は、同参加人においてこれを善意取得した外観を作出し、原告の株主権を喪失せしめ本件株券の返還を免れる目的でなされた通謀による仮装の行為であるから、なんら株主権移転の効果を生ずるものではない。仮に仮装行為でないとしても、同参加人は被告において本件株式を処分しうべき何らの権限のないことを知つていた悪意の取得者である。引受参加人東北肥料株式会社もまた右のような本件株式転輾の経緯を熟知し、林亮二郎が本件株式につき無権利者であることを知つてこれを取得したものである。

右のような通謀による仮装行為であること、又は両引受参加人がいわゆる悪意の取得者であることは、

(1)  本件株式は、被告会社に対し一株五十円の割合で処分されたというが、右譲渡とほぼ時を同じくして昭和二十八年六月二十五日頃訴外阿部直之、同久保祐三郎所有の被告会社株式四千株が証券業者を介し一株六十一円の割合で取引せられた事実の存することに徴するときは、被告会社と林亮二郎の取引がもし真実の売買であるとするならば一応六十円内外の価格で取引されるのが当然であること(後記被告の主張のようにその代金を以て被告会社が原告に対して有する債権の弁済に充当するための処分であるならば、被告としては、少しでも多額の弁済をえられるように高価に売却することをはかるべきである。)

(2)  被告会社は、林亮二郎に本件株式を売却しながら、しかも林の買受代金九万円は被告会社において立て替え、その担保として再び本件株券全部を保管していたから株券並に金銭の授受は現実には全く行われなかつたこと。(昭和二十八年九月二十四日にいたり、林亮二郎は東北肥料からの借入金によつて被告に対する前記立替金債務九万円を弁済して本件株券の返還をうけ、これを右借入金の担保として直ちに東北肥料に差し入れたのである。)

(3)  昭和二十五年五月以降、被告会社の役員はすべて東北肥料の役員の兼任に係り、被告会社は単に名目上の独立会社にすぎず、その実体は東北肥料そのものに外ならなかつたこと。殊に、前記帝国鉱発株式会社所有の被告会社株式四万株を被告会社役員従業員において買いうけた資金、並に前記昭和二十七年四月の被告会社の新株発行の払込資金が東北肥料から被告会社に貸与されたという事情の存すること。

(4)  林亮二郎は東北肥料の従業員であつて、被告会社から本件株式を買いうけた当時総務部総務課附の課長待遇(訴訟係)の地位にあつたこと。

等の事実により極めて明白である。

(八)  以上のような次第であるから、原告は被告会社に対し株主名簿上の名義を有していないけれども株主として対抗しうる者であり、また、引受参加人両名は、本件株式につき株主権を取得しなかつたにもかかわらず、一方林亮二郎は被告会社の株主名簿上に本件株式につき株主名義を保有しており、他方東北肥料は本件株券を所持している。

よつて、原告は、株主権に基づき、被告会社に対し、原告が本件株式につき株主権を有することの確認と、右株式につき原告名義に名義書換をなすべきことを求め、

引受人参加人東北肥料に対しては、本件株券の引渡を求め、

引受参加人林亮二郎に対しては、本件株式につき原告に対し名義書換をなすべきことを求める。

(九)  もし、以上の請求が理由がなく、本件株式が引受参加人等によつて善意取得せられたものとしても、被告会社は、原告に対し、被担保債権の弁済による質権の消滅又は自己株式の質受による質権の無効のため本件株券を返還すべき債務を有する。而して、右債務は、株券の代替性に鑑み別紙目録記載の特定の株券の引渡に限定されるものではなく、同種同数の株券であれば足り且これは入手可能なものであるから、原告は被告に対し被告会社株券千八百株分の引渡及び右株式につき原告への名義書換を予備的に請求する。

三、被告及び引受参加人等の答弁及び主張

(一)  原告の請求を棄却するとの判決を求める。

(二)  請求の原因(一)ないし(三)の事実は、原告の被告会社退職の日時の点を除きこれを認める。(四)ないし(九)の事実中、原告がその主張の日九万円を東京法務局に供託したこと、本件株式が原告主張のように林亮二郎に譲渡され、同人から更にその債務の担保として東北肥料に差し入れられ現に同会社において占有していることは認めるが、被告会社が本件株式を原告から担保として受け取つたことが自己株取得の禁止に触れること、林亮二郎に対する本件株式譲渡が仮装行為であること、林亮二郎及び東北肥料が本件株式の悪意の取得者であることはいづれも否認する。

(三)  本件株式を林亮二郎に譲渡した事情について。

原告は、その主張するとおり、被告会社の従業員であつたが、昭和二十八年七月二日をもつて停年退職することとなつたので、被告会社は、これに先だち同年六月七日頃原告の立替金及び貸付金債務合計九万円の支払につき原告と相談したところ、原告は、被告会社において保管中の本件株式を他に適当に売却しその売得金を以て原告の債務の弁済に充当してもらいたい旨被告会社に申し入れたので、被告会社はこれを承諾し、右協定の趣旨に基づき同月十九日本件株式を引受参加人林亮二郎に一株五十円の割合代金合計九万円で売却し、翌二十日その旨の名義書換を了し、右代金九万円を以て原告の債務の弁済に充当したものである。そもそも原告から被告会社に対し本件株式を担保に差し入れた趣旨は、本件株式につき質権を設定したものではなく、たんに株券と譲渡証書を被告会社に保管せしめておき、原告が借入金を弁済しない場合において被告会社が原告の代理人として本件株式を他に譲渡しその売得金をもつて借入金の弁済に充当することを委託せしめた趣旨であつたのである。しかるところ、前記のように原告が被告会社を退職することになつたので、原告被告間の貸借関係を清算する必要が生じ前記六月七日の協定をしたのである。同協定の趣旨も、被告会社を原告の代理人として本件株式を処分しその代金を受領する権限を与え、且つその代金を原告に返還すべき債務と、原告に対する債権とを相殺せしめるにあつたわけである。従つて林亮二郎の本件株式取得は有効である。仮に、前記六月七日の原被告間の協定が成立しなかつたとしても、被告会社が原告を代理して本件株式を林亮二郎に売却するにつき、林亮二郎において被告に代理権ありと信ずべき正当の事由が存在したものであるから、民法第百十条の規定により右売買は原告に対してその効果を生じたのである。すなわち、林亮二郎もまた原告の場合と全く同様に被告会社旧株八百株の買入資金及び同新株の払込資金を被告会社から借り入れ、その担保として右株券及び譲渡証書(又は白紙委任状)を被告会社に保管せしめ、右借入金の弁済ができないときは被告会社は林の代理人として右株式を他に譲渡しその売得金をもつて弁済に充当する旨の約定をしていたところから、林は本件株式買受に際し被告会社担当者から、原告が退職するにつき本件株式を処分して借入金の弁済に充当してもらいたい旨の意向であることを聞き、本件株式の担保の趣旨が自己の場合と全く同様のものであり、被告会社が原告の代理人として本件株式を処分することは当然あるべきことと考え、被告会社の代理権につき全く疑をさしはさまなかつたのである。ことに前記のとおり本件株式には白紙委任状又は譲渡証書が添えてあつたことと、右のような事情の存することとに鑑みるときは、民法第百九条の規定によつても前記売買の効果は原告に帰するものだといわなければならない。なお、林亮二郎の本件株式買受当時、原被告間において本件株式をめぐる何らの紛争もなく、約二週間を経過し原告退職後はじめて原告から被告に対し本件株式の返還を求めてきたのであるから林において原告の株式処分代理権につき疑を懐くべき何らの事情も存しなかつたのである。

(四)  引受参加人両名が悪意の取得者であるとの主張について。

(1)  林亮二郎は本件株式を買いうけるに当り、その代金九万円を被告会社からの借入に仰いだので、本件株券に自己名義の譲渡証書を添えて改めて昭和二十八年六月二十日被告会社に担保として差入れた。その担保の趣旨は前記原告の場合と全く同様であつた。その後林亮二郎は東北肥料から九万円を借りうけることができたので、これを以て被告会社に対する債務を弁済し同年九月二十四日本件株券を被告会社から取り戻し、今度は東北肥料に対する債務の担保として即日同会社に対し譲渡証書と処分承諾書を添えて交付した。而して東北肥料に対する担保の趣旨は譲渡担保であるから、東北肥料は現に本件株式を所有し且つ株券を占有しているのである。本件株式転輾の経緯は以上のとおりであつて、林亮二郎の本件株式取得は決して仮装の行為などではなく真実の売買であり、引受参加人両名はいづれも本件株式の善意の取得者であつたのである。

(2)  (請求の原因(七)の(1) に対し)被告会社が本件株式を一株五十円の割合で林亮二郎に譲渡したことは原告主張のとおりであるが本件株式は非上場株であり、特別の事情があれば格別普通の取引では一株五十円位の評価が相当であつて、決して不当に安いということはできない。訴外阿部同久保両名所有の被告会社株式が内藤英雄に対し六十円で売却された事実の存することは原告主張のとおりであるけれども、右は内藤において独自の見解に基づきしたことであつて、本件株式の売買をこれと同一に論ずるわけにはいかない。

(3)  (請求の原因(七)の(3) に対し)東北肥料が被告会社のいわゆる親会社であり、東北肥料と被告会社との間に、役員の構成においても取引関係においても密接な関係のあることは事実であるけれども、両者間の権利義務関係は混淆するところなく処理されており被告会社は名目上の独立会社などではない。

四、証拠〈省略〉

理由

一、原告主張の(一)、(二)、(三)の事実は、原告が被告会社を退職した日時の点を除き当事者間に争がない。

二、そこで、先づ、原告が、昭和二十五年七月十日、被告会社に対する立替金債務三万円を担保する趣旨で別紙目録内訳(一)記載の株券に名義書換に要する白紙委任状を添え被告に交付したこと、及び、昭和二十七年三月五日の取締役会決議に基く被告会社新株式の株券発行に際し、被告会社に対する借入金債務六万円を担保する趣旨で別紙目録内訳(二)記載の株券に譲渡証書を添え被告に交付したことが果して商法第二一〇条に違反するかどうかについて考察することとする。

右のような事実に対する法律上の構成は、(イ)担保の目的をもつてする株式の譲渡、(ロ)当該株式に対する質権の設定、及び、(ハ)当事者間において、譲渡又は質権を設定する意思なく、たんに債務者の債務の履行あるまで債権者において株券を預り占有し、これによつて債務の弁済を確保する関係の三種のものに区別しうるであろう。而して担保株式の差入が右のうちいづれに属するかは当事者の意思と当該事案における具体的事情を参酌してこれを決すべきである。よつて本件につき考えてみるのに、原告が被告会社に対し負担する債務の履行を確保しようとする目的を持つていたことは疑のないところであるから、この目的に副うよう法律行為の評価をしなければならない。けだし、当事者の意思表示は特別の事情のない限り有効になるようにこれを解すべきであるからである。

ところで、原告から被告に対し担保として差し入れられた本件株式は被告会社の株式であるから、この関係を譲渡担保又は質権の設定と解するときは自己株式の取得として商法第二百十条の禁止規定に抵触して無効となること明白であるのみならず、被告会社役員は同法第四百八十九条の規定により刑事責任を負担することになるのであるから、反証のない限り本件株式につき被告が担保の目的でこれを譲りうけ、又はこれに質権を設定したものではなく、原告の債務の履行ある迄被告会社において株券を預り占有して履行の確保を図る趣旨に過ぎないものと解することが当事者の意思にそうものであると考えられる。成立に争ない甲第一号証(契約書)の記載によつても、原告は、本件株式に白紙委任状を添え担保として被告会社に提供すべき旨の定が存するにとどまり本件株式を譲渡し又はこれに質権を設定したことを窺うに足る記載は存しないばかりでなく、本件のような事情のもとに従業員に金員を貸し付けた場合においては、自己株であつてもこれを担保にとることが、原被告のいづれにとつても便利且つやむをえない措置であつたことは想像に難くなく、他方、当時原告が被告の従業員であつたために、原告に対する貸付金の回収がほぼ確実であることを参酌すれば、上記(ハ)の担保方法をとつたことを以て自己株質受禁止を潜脱する脱法行為なりとしてこれを禁ずべき実質上の理由は存しない。

故に、本件株式は、原告の債務の履行あるまで被告会社において株券を占有しこれによつて債務の弁済を確保する目的で原被告間に授受されたものと認めなければならない。

三、次に証人土濃塚通の証言によつて成立を認める乙第一号証、被告会社代表者松田正雄の各供述によつて成立を認める乙第二号証、土濃塚証人の証言、右松田正雄、被告会社代表者高梨勇及び引受参加人林亮二郎の供述を綜合すれば、原告は被告会社秋田工場に庶務係長として勤務していたところ、昭和二十八年七月二日停年退職することとなつたので、これに先だち同年六月上旬頃当時同工場庶務課長をしていた土濃塚通が上司の命をうけ原告に対し前記原告の被告会社に対する負債九万円の返済方法につき協議したこと、その際原告は右債務を退職の際弁済することを承諾し、「自分には右九万円を返済する能力がないから被告会社に担保として預けてある本件株券を被告会社において適当に売却しその売得金をもつて右負債の弁済にあててもらいたい」旨申し出たことそこで秋田工場においては被告会社東京本社に対し同月十日頃原告の右申出の趣旨を報告したこと、被告会社においては右報告に基づき、同年六月十九日頃引受参加人林亮二郎に対し本件株式を一株五十円の割合で合計九万円で売却処分しその代金を以て原告の債務の弁済に充当したこと(但し、被告会社は林亮二郎の本件株式買受代金を立て替えたので、林は本件株式を取得すると同時に立替金債務の担保として本件株券を被告会社に差し入れたのである)右売却処分後被告会社は秋田工場宛その旨通知し、更に同年六月二十七、八日頃土濃塚課長から原告に対し本件株式を他に譲渡した旨伝達され原告においてもこれを了解したこと等の事実を認定することができる。右認定に反する原告本人の供述はこれを信用することができず、また、被告会社代表者松田正雄の供述により成立を認める乙第三号証の一によれば、被告会社が本件株式を自ら譲りうけて原告に対する債権と相殺する旨の記載があるけれども、右は法律の素人である被告会社係員が上記認定のような事実を述べようとしてその表現が不正確に流れたものと認むべく、右の記載を以てしては被告会社が本件株式を原告の債務の代物弁済として取得し(更に林亮二郎に譲渡)したものであるとは認められず、他に上記認定を覆えすに足る証拠はない。右認定の事実によれば、本件株式は、昭和二十八年六月十九日頃原告の委任をうけた被告会社の手によつて引受参加人林亮二郎に譲渡せられ、これによつて原告は本件株式につき株主権を喪失したものと解するのが相当である。原告は、被告会社と林亮二郎との間の譲渡を目して仮装行為なりとし、又は、被告会社は権利なきにかかわらず本件株式を譲渡したもので林亮二郎は悪意の取得者であると主張するが、前に認定した事実に照し原告の主張は採用することができない。(ただ、前記原告の被告に対する本件株式譲渡の依頼においては、譲渡価格につき特に明らかにするところがなかつたけれども、前記のように被告からの借入金の利息と本件株式の配当金とを相殺していた事情から推しても、原告としては本件株式の譲渡により被告に対する借入金を完済しうる程度の売得金がえられれば別段異議がなかつたものと認められるから、被告が本件株式を一株五十円で売却したことをとらえて、直ちに仮装の売買であつたと論じ去るわけにもいかない。)

四、以上のような次第であつてみれば、原告は本件株式につき株主権を有しないから、これを有することを前提とする原告の本訴各請求はその余の点について判断するまでもなくことごとく失当として棄却すべきものである。

五、次に原告の予備的請求について考えてみるのに、被告が本件株式の上に質権を取得したものでないことは前記説明のとおりであるから、原告は質権の無効を前提としては被告に対し本件株券の返還を請求しえず、また、原告は自ら被告に委託して本件株券を譲渡したものであること前認定のとおりであるから、債務の弁済を理由として担保物たる本件株券の返還を被告に対し請求することができないこともちろんである。よつてその余の点について判断するまでもなく予備的請求もまた失当として棄却を免れない。

六、よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条の規定を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 太田夏生 宮本聖司)

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